通天閣再建秘話

新世界　笑いと涙の舞台模様

　　　大阪下町少年の回顧　　　⑨

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ー通天閣再建秘話ー

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　千葉　宜嗣

　昭和43年5月、温劇㈱の三代目若社長が待望の通天閣観光㈱の五代目社長
に就任致します。先年、お母さん社長から温劇㈱の社長を長男に引き継ぐ為に

仕掛けられた様に長女養子の専務を辞職させ、専務は離婚し会社を去って

行きました。

常に苦言を呈していた専務と言う重しの取れた若社長は自由を得た鳥の
如く羽ばたきを始めました。突然、多額の手形が温劇㈱に回って来る様に

成り会社は驚きますが誰もそれに意見を具申しません。母親会長も若社長

に苦言を言っているようですが、今の時点では未だ大した事でないと思われて

居たのでしょうか、唯、私がお会いした時に”ちばちゃん”四郎にちょっと

意見してやって”と言われた事が有りましたので、”坂を転げ落ちてる車は、

いくら引っ張っても止まりません。手形を取り上げる事です”と申し上げまし

たら”うちの社長やからね”言われたまま黙って仕舞われました。

通天閣観光㈱の社長に就任した頃、新世界の玄関先にＤ信用組合が

支店を開設します。

　偶々、このＢＫの生野支店の課長が私の釣り友だった事からか、新世界に

わりあいに詳しい私を支店開設祝いに呼ばれて行きました。

理事長、支店長、次長とえらいさんに紹介され、一杯呼ばれてご機嫌にて

帰りましたが翌日、新支店長が戎神社前の我あばら家に来られて”貴方が

通天閣の新社長とじっこんだと伺って居ります。何とか町の有力者へ当行に

対する紹介状を頂ける様にお願いしたい”とのでした。

翌日、通天閣観光㈱新社長に連絡し、ある程度の了解を取った上、日時を

決め支店長に電話し、同行する様に伝えた。

　

当日、支店長、次長（理事長の子息）を伴い通天閣観光㈱の社長室を訪問

した。色々雑談の後、用件を切り出し、又町の発展に支援協力を致しますので

と言って帰って行った。残った私に”如何にすれば良いか”と問われ”町の有力

者や大株主に対して社長名刺に添え書きを書いて欲しい。多いほど良いから

20～30枚程”と言い了解した。

後日、新社長から書き上げたからと連絡が有り支店長、次長を同行し通天閣

観光㈱の社長室にて名刺の添え書き30枚ほどを渡され、共に引き上げた。

　　数日過ぎて、次長から電話が有り一度お越し頂きたいとの事、当時私は食い

つなぐ為自室にて印判の仕事で㈱鴻池組出入りし又仲間仕事に精を出していた

ので忙しかったが翌日、Ｄ信用に次長を尋ねた。用件は通天閣観光社長に対して

の”お礼”はとの事です。

　”お礼はする必要は無い、替わりに少々融資をしてやって欲しい””額はいかほど

ですか”と乗って来たので”それは直社長と話し合って欲しい”と言い和田社長に

連絡した。幾ら程言えば良いかと聞いて来たが、其れは話し合って決めて欲しい、

返せる範囲の分割にすれば手形を切るよりは良いからと伝えた。

　結局、300～400万位の融資を受けたと思う。500万とは言えなかったようだった。

夜になるのを待ち兼ねた様に北の紅灯街に出掛け、数軒飲み歩くと更に南へ

帰って又、馴染みの深夜クラブへ繰り込みます。其の頃には男女十数人から

のお供を従えての事が常時でした。

温劇㈱は二階に新花月があり、当時は先にも書きましたが”吉本”の芸人より

松竹芸能の人が殆どで、三代目桂春団治、若井はんじ、けんじ、上方柳次、柳太、

等々若社長は良くベテラン芸人方と興行が終わった後をクラブに誘い呑みに行く

のですが私も良く同席しました。鳳啓助、京唄子などは舞台で見るのとは大違いで

、啓助師匠などは言葉使いも服装も全くの紳士でして唄子師匠は従順にて彼に

従って居ました。

故六代目笑福亭松鶴師匠とも何度か同席して呑みました。本当に舞台にいる

時より面白く豪快で、ある日、クラブを出て社長と別れた後、未だ呑み足りない

様子なので”師匠、新世界で飲みましょうか？”と誘うと”行きまひょ”と一言、

少し片足が悪くびっこ引きつつジャンジャン町の友人のスナックにて飲み明かし、

”あーちゃんに怒られる、怖い”と言いつつタクシーにて途中まで送った事が

有りました。

昭和43年11月9日、午前2時半ころ心斎橋大丸デパート近くにて通天閣社長が

事件に遭遇します。例の如く北の紅灯街から南に移動中の事です。心斎橋筋を

車がジグザグ運転をしながら走って来るのに”危ないじゃないか”と窘めたところ

突然車から降りて来て棒らしきもので殴り掛かって来て争いに成った。当時、

二十人位の男女の連れ立ちにて中に、落語家の立川談志、柳亭小痴楽、

ミッキー安川、の各師匠が同行中、侠気の談志師匠と和田社長が前に出て争い

棒で殴られ怪我をすると言う有様でした。

　　　　　　　　　　　　　

翌日、私はこの事件には全く気が付きませんでしたが、Ｄ信用の支店長が突然、

私方に来られこの件が記載されている新聞を持参され、こちらも驚きました。

入院している病院も調べて居られ、お見舞い物も用意致しましたから是非一緒に

行って欲しいと言われ、慌てて見舞いに同行致しました。

痛々しく頭に包帯を巻かれ、首は棒にて殴られた為、鞭打ち状態に成っている

との事でしたが、幸い命に別状無かっただけでも幸せと言うものです。