クリスマスにおくる新しい物語

今年は２０世紀最後のクリスマスです。クリスマスはイエスキリストの誕生にまつわる心温まる物語が語られます。

これにあわせて一つの新しい神話をご紹介します。むろんイエスキリストの誕生にからんだ物語です。

　　　　　ある神話

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　野口幹夫

　天地の創造主は、２００億年というはるかな昔、宇宙を作り、とある銀河系の片隅にある小さな惑星を選んで、そこに生命を作った。遺伝子という世代間の情報伝達因子を組み込むという素晴しい考案をして、自己増殖させてみた。成功だった。そして２０億年かけて徐々に大物をつくって、創造主は得意だった。しかし当時の傑作である恐竜達は、折角作った植物を根こそぎ食べてしまいそうなので、神はやり直しをすることにし、小さな惑星のカケラを地球にぶっつけて、恐竜を絶滅させた。
また数億年かけて最後の傑作『人間』をつくった。神の似姿であったともいわれている。気の遠くなるくらい長い長い遺伝子の巻き物に、神の期待するすべてを書き込んで、出来上がった人間はこれまでの動物よりひよわだったが、何よりも精神の豊かさをもとめ、愛することの尊さを知る能力をもっていた。そのできばえに神は得意だった、神はこれをよしとされた。

　神は、面白い手下であり、道化役の『悪魔』を持っていた。悪魔君は、神の傑作の人間が、単に神に従順なだけのナイーブな存在では面白くないと神に吹き込んだ。神は友である悪魔に人間をゆだねた。悪魔は蛇になってイブに禁断のりんごを食べさせ、総てを知りつくすまで我慢できない知恵を得させた。人間は得意になった。神も相対的な存在と考え、もっぱら自分達の欲望を追いかけるようになった。小さな集団をつくっては、集団の外の人間は排除し、集団同志が戦い殺し合うようになった。人間達に神の意図とは違う面が出て来たことに神は気がついた。人間個々には愛の精神はあるのに、集団や組織になると、互いに敵対し憎しみが生まれるのである。神は失敗に気がついた。神は唯一の存在だから、集団の論理などわからなかったのである。困った。もう作り直しは面倒、そこでよさそうなノアの一族をのこして、他の人間すべてを大洪水によって、根絶やしにして見た。しかし遺伝子の欠陥はどうにもならない。再び人間集団は増加すると組織をつくり殺しあった。

　今度はイスラエルの小さな民族を選び、神への従順の約束をさせて、その契約の見返りに一族の繁栄を約束した。世界の民はそれに見習うであろう。しかし結局この試みも失敗だった。神との交流を一部の僧侶達が独占する組織を作り、戒律を作り、それでもって民衆を従わせ食い物とした。しかも、そのイスラエル人を誰も見習おうとしない。それどころかこの民族をよってたかって迫害をし故郷から追い払ってしまった。
　またしても神は困った。神は今度もまた星をぶっつけて、きれいさっぱりすることはできたが、それはしなかった。神は、ノアからもうこんな洪水で人を困らせることはしないでくれと懇願されて約束もしたし、自分が作った人間との対話をくり返す中で大人になっていた。人間に成熟した愛をいだくようになっていた。信頼できる存在と見るようになった。彼は人間に賭けて見ることにした。少なくとも愛の遺伝子は個人個人の人間にはうめこんである。欠けているのは自分や、自分の身内だけを愛するのでなく、神が愛したように、すべての人間を、それが例え敵であっても、互いに愛し合え、という教えだ。

　彼はこのシンプルであるが人間に組み込まなかった精神を、人間同士で伝えさせるしかないと思った。時間は１万年位かかるかもしれない。ともかくやらせて見よう。時はいまだ。地球上に人間は２億人に増え、大陸を全部支配下に置くような大帝国が西と東に生まれ、人の思想も成熟してきて話せばわかる時代になってきた今だ。神はその西はローマギリシャ南はエジプト、東はペルシャそれそれ大きな帝国の端にある、大陸の東西への中間の地を選んで、もっとも無力な人間のひとりイエスとして姿を現わした。
　彼は人間を信じていた。泥臭くやった。１２人の素朴な人達を選んだ。そしてメッセージを伝えた。支配的な集団に楯突くことの危険を彼は百も承知していた。やがて集団の悪が自分を殺すだろう。それでよい。伝えなければならないメッセージは、印象的な舞台からこそ印象深くつたわりはじめるであろう。
集団の頭達は、彼の見事な読み通りに、神であるイエスを十字架につけた。イエスは十字架上でも、優しかった。さあこれからおまえ達の出番、と期待して。

　無論、神は人間の姿での仕事は終わったから、墓から姿を消した。しかしちょっとした誤算があった。１２人の弟子達は事件に恐れるばかりで、伝道に動きだそうとしない。これにはまた神は困った。やむなく再び元の姿で彼らの前に姿を現わした。弟子達は心底驚いた。復活だ！　これはただ事ではない。言われたとおり伝えないととんでもないことになると思った。しかも、彼のメッセージを伝えることが、なんと心地よいことであるかということも彼らはわかってきた。そして必死になった。神はもうひとりパウロという元気の良い男もメッセンジャーの一人として追加した。キリスト教の誕生である。

　あれから２０００年たった。神の目からみれば、ちょっと瞬きしたくらいの時間であった。彼が信じたように人間達は頑張った。時には間違えるが、すぐ最初のメッセージに立ち戻って考え直し、また頑張りはじめる。神の信頼は当たっていたのである。神は半分安心して見ている。

　そして神は今、今度こそは、互いに愛することを大切にする遺伝子を持たせた新たな生物を、何億光年もはなれた別な銀河のプラーネットで試作するのに余念がない。
神はこのころちょっと心配である。地球の人間の集団としてのエゴは、依然強く残っていて、地球を汚くした。特にこの１００年はひどい。人間は彼ら自身で自分の首をしめてしまわないか。神のメッセージに立ち返ればそれも解決するはず。のろい人間達よ、頑張って間に合うようにするのだぞ。おまえ達には出来るはずだ。神は見守っている。